川井弘子ソプラノリサイタル開催~9/18(金)横浜・10/18(日)京都

川井弘子ソプラノリサイタル~憩いと愛をはこぶⅡ~

ピアノ:濱野基行

昨年に続いて、今年もやっぱり!?皆さまに“Ruhe 憩い/ 静けさ”と“Liebe 愛”をお届けしたいのです。
いつもより日本歌曲が多めで、しかしやっぱり多言語です。
こんなに素敵な曲があるんですよ、と紹介したいのです。
裕福で早々に作曲活動を退いたロッシーニ(1792-1868)も実は安易なものに一番反応して喜ぶ聴衆にうんざりしていたり、
山田耕筰(1886-1965)がベルリンでR.シュトラウス(1864-1949)に弟子入りを希望して断られたり、
歌う中で出会った数々の作曲家の生涯やエピソードは、プログラム・ノートで。
今回のピアニストは、東京在住の濱野基行さんです。
皆さまのご来場をお待ちしています。

【横浜】
9/18(金) 18:30開場・19:00開演
会場:フィリアホール

チケットお申込はこちら
https://hirokokawai20260918-philia.peatix.com/

チラシ(PDF)はこちら
26Recital-Yokohama-final

【京都】《(公財)青山音楽財団助成公演》

10/18(日) 14:30開場・15:00開演
会場:バロックザール/ 青山音楽記念館

★10/18の京都公演は14:30からプレトークがあります。

チケットお申込はこちら
https://hirokokawai20261018-kyoto.peatix.com/

チラシ(PDF)はこちら
26Recital-Kyoto-final

《プログラム》

H.Purcell:Come all ye songstars さあ、お前たち、空の歌い手よ(セミオペラ「妖精の女王」より)

G.Giordani : Caro mio ben いとしい人よ

G.Händel: With plaintive notes, and am’rous moan 嘆きの調べと愛の吐息 (オラトリオ「サムソン」より)

G.Rossini: La gita in gondolaLa ゴンドラに乗って

La promessa 約束

R.Strauss :

Nichts, op.10-2 なにも

Ich schwebe, op.48-2 わたしは漂う

Ständchen, op.17-2 セレナーデ

Säusle, liebe Myrthe op.68-3 ねえ、愛しいミルテよ

Morgen, op.27-4 明日になれば

Zueignung op.10-1 献呈

E.Granados:Elegia eterna 永遠の哀歌

中田喜直 :

サルビア

ゆく春

さくら横ちょう

海ほおずきと少年

霧と話した

山田耕筰:《風に寄せてうたへる春のうた》全4曲   詩:三木露風

Ⅰ 青き臥床をわれ飾る

Ⅱ 君がため織る綾錦

Ⅲ 光に顫ひ 日に舞へる

Ⅳ たたへよ、しらべよ、歌ひつれよ


《概要》

全体のプログラムは、前半、「夜の魔法の物語」がパーセルで静かに幕を開け、2曲目のCaro mio benでは18世紀のイタリアらしくまっすぐな恋の言葉。3曲目ヘンデルではそれらの透明感が嘆きへ。サムソンが赦しを切なく歌いかける。そしてロッシーニの2曲は、でヴェニスの水面の輝きと恋人たちのひとときを描いた優雅な舟歌と「あなたを愛することを決してやめない」という愛の誓いの歌。そしてここまでで、ざっと17世紀から19世紀の歌の歴史を巡るようでもある。

その後は、ドイツものでR.シュトラウスを6曲。リヒャルト・シュトラウスは妻パウリーネの声に生涯寄り添いながら、数多くの美しい歌曲をかいている。まるで二人の物語をたどるかのような6曲の並びとなった。

“Nichtsなにも”は、貴方の目の色も、声の種類も知らない…太陽についても誰も知らないように、と理屈を超えた愛の告白。

“Ich schwebe わたしは漂う”は、いとしい人と別れた直後の天にも昇るような幸福感。

“Ständchen セレナード”は、月明かりの夜にそっと部屋を抜け出しておいでと恋人を誘う、清らかで艶やかな小夜曲。

“Säusle, liebe Myrte ねえ、愛らしいミルテよ”は、ミルテの木に砂漠の国の王子が話しかけ、ミルテの精も夜な夜な歌いだす幻想的で愛情豊かなやり取り。

“Morgen 明日になれば”は、結婚のお祝いとして妻パウリーネに捧げられた、永遠に続く約束の歌。

“Zueignung 献呈”は、パウリーネと知り合う前の歌だが、魂の変容を歌う、感謝と献身の歌。

リサイタル後半は、リヒャルト・シュトラウスによって一つの完成形を見た歌曲が、各国にどのように影響を与え発展したのかという構造に。

まずはスペイン、ガウディと同じ時代と土地バルセロナに生きたグラナドスの「永遠の哀歌」。ガウディはひたすら神に帰結するが、グラナドスは民俗性と永遠を表現しながらも現実に留まった情感豊かな音楽となっている。オリジナルはカタルーニャ語だが、本日はスペイン語で。そしてこの曲は私のメンターであったマリアンネ・ブロック先生の持ち歌であったために、私もこの曲を知ることになった。「蝶はバラを愛するが、バラは朝風に恋をし、朝風は霧に、霧は川に恋をする・・・」、次々と受け継がれては報われることのない恋の連鎖。永遠なのは魂の救済ではなく報われない恋と喪失。曲の終盤は言葉を離れ、ヴォカリーズで劇的なのも特徴的な曲。

それから、中田喜直と山田耕筰を。

山田耕筰がベルリンでR.シュトラウスに作曲のレッスンを断られた話は興味深い。なんでも高いレッスン費をふっかけられ払えなかったので行かなかったらしいが、それは弟子を取らない(取りたくない)シュトラウスの作戦だったとか。そうなのだ、山田耕筰はベルリンで、シュトラウスの曲をシュトラウスの指揮で聴いているのだ。その耕筰は母語の日本語を使って、どのように新しい歌曲の分野を切り開いたのか、それがわかる作品『風に寄せて歌へる春のうた』(全4曲)。詩は三木露風。

歌うプログラムの順は、先に中田喜直である。

「サルビア」は、深紅の花の色を血の色になぞらえ、愛の言葉を口にする瞬間の情熱と、そこに入り混じる嫉妬と不安を描く。

「さくら横ちょう」は、フランス詩にも造詣の深い医学者でもあった詩人加藤周一による、桜咲く春の夕暮れ、桜の美しさに触発されて失われた恋を回想する。フランス詩さながら韻を踏んでいる。さらに、桜横町は加藤周一が育った渋谷区界隈。実際の場所がある。その桜並木は第二次世界大戦で焼失してしまったのことだが、今は歌碑があるそう。

私が二期会研究生をしていた大学院時代、中田喜直先生が公開レッスンで来られ、この曲を同期生がレッスンを受けました。「花でも見よ~」のところ、ヒラヒラと降りる音型、花びらが舞う様子かと思えば、なんと「歌舞伎の見栄を張る」ところか来ていて、だから「しっかり歌ってください」とのこと。なるほど、だからテヌートが書いてあるのねと私は納得。前述の「サルビア」についても、ヒステリックに歌う人が多いけど、そうじゃあないんだなあ~と。私は優しく妖艶に?歌いたいかもです。

「ゆく春」は、晩春、過ぎゆく季節の郷愁を歌う。

「海ほおずきと少年」にはモーツァルトも登場するから、ピアノパートにはモーツァルトのピアノソナタ16番C-DURの旋律が用いられている。聴いたら、皆さんもわかるよ。私も弾いたことあるよー。
「ゆく春」にも蝶々の旋律が入っているし。海ほおずきは日本の伝統的な海辺の子どもの遊び道具。

「霧と話した」は、失恋をテーマにした叙情詩。高原の林の中で恋人と過ごした際、霧の中で頬に指文字を書かれた記憶が今も体に残っているという回想から始まる。

サブタイトルは「憩いと愛をはこぶⅡ」だが、「妖精と蝶が舞う《魔法の物語》をあなたに」って感じかな。

演奏中ぐっすり眠らないように、あるいは危なっかしくて眠れない夜がやって来ないように、皆さんに私のソプラノと濱野さんのピアノで魔法をかけたいな。

さらい詳しいプログラム・ノートはこちらです。
当日配布のプログラムには対訳は掲載しておりませんので、こちら↓からご覧ください。

http://hirokokawai.com/wp/wp-content/uploads/2026/09/LyricsandTranslation26.pdf 

リサイタルご案内のYou Tubeはこちらです。
8月31日(月)の合わせの途中での一コマです。

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