朝日新聞 岡山版 『人つれづれ』 1999年5月22日より
音 楽  ~ 演奏者と聴衆 共感する喜び ~

ゲーテやアイヒェンドルフの詩に感銘してドイツ歌曲の勉強がしたいと、ドイツのシュトゥットガルト音楽大学に学んだのはもう十年前のこと。 日本でもいい先生に恵まれたけれど、どこか窮屈な感じがして、もっと自分の可能性を試してみたくて留学を選んだ。

しかしそこで目のあたりにしたのは、国籍様々な優秀なオペラ歌手の卵たちが、どんどん声が出にくくなる光景。 そのころの私は、職業的歌手になることより、自分について声のことも音楽のことも、人間的なことも、とにかく何でも知りたかった。 そして自分の声について何か新しい可能性に気づかせてくれる先生を探し続けていた。 そんな中、マリアンネ先生のオペラ・マスタークラスを受講し、これがきっかけとなってその後オランダにも留学することになる。

有名な先生の中にも、本人だけ歌えて教えることができないという人が結構多い。 つまり自分は最初からできるので、できない人がどうしてできないのか分からない。 歌手であって本当は先生ではない。 それにオペラ歌手というのは、とにかく性格も声も強い人が多いので、生徒はそれに押しつぶされてしまうきらいがある。 マリアンネ先生は陽気でエネルギッシュなコロラトゥーラ・ソプラノ(注)であり、一緒にいると周りの皆が解放されて、気持ちよくなる温かい存在だ。
音楽というのは自己表現だから自分を強く出さなければ。 そのためにテクニックが必要だとずっと思ってきたけれど、どうも違うようだ。 音楽が芸術であり、しかも愉(たの)しみであるのは「コミュニケーション」だからだ。

作曲家の意図をくみ取り演奏する。 それを聴いている人がいる。楽譜を通して作曲者と演奏者の、その再現された音を通して演奏者と聴衆のコミュニケーションがある。共感して分かり合えたり、何かを感じたりすることができるのは素晴らしい。コミュニケーションがある。 共感して分かり合えたり、何かを感じたりすることができるのは素晴らしい。そこには競争はなく、あるのは自他共に認め合い、喜び合うことだ。 それを私は先生のレッスンから、また仲間との交流の中で体験した。 お互いの良さを認め合い、分かち合えるのは何とも気持ちがいい。 自分も広がり喜びも増える。
ある日のレッスンでの会話。 「私も先生のように歌いたい」「あなたは私のようには歌えないわ」。 一瞬の大ショック。 「でもあなたは、あなたの歌が歌えるのよ。私はあなたのようには歌えないわ。だってあなたは私ではないし、私はあなたではないのだから。」

その先生のいらっしゃるアムステルダムに出かける。 今回の滞在は最も短くて一カ月余り。 「その時その時の自分を受け入れて、勇気を持って歌いなさい」「完璧にできたとかできていないとか、だれが分かるというの。あるがままに歌いなさい」。 今回はどんなことをおっしゃるのだろうか。 カウンター・テナーと一緒にコンサートをするのも楽しみ。
五月の帰国後、朝日カルチャーセンターで私の声の講座「声と身体のメンタル・クリニック」が始まる。 今度は私が声の悩みに答えて、ほかの人を助ける番だ。 気持ちのいい声でしゃべって歌って、生き生きとした日々を過ごしませんか。 倉敷とアムステルダムを行き来しながら、自分を見つめ、歌い、教える生活が始まる。
(注 ソプラノの中でもとくに声が高く、華やかな技巧が必要とされる)

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